江戸の白米江戸の町に広まった白いご飯
江戸時代の江戸の町では、精米した白米のご飯が毎日の主食になっていきました。武士の「一人扶持」は1日5合が基準。朝に炊き、昼は冷や飯、夜は茶漬けという1日の食事と、米をめぐる歴史を紹介します。
日本・江戸(今の東京)江戸時代中ごろ〜幕末主な食べもの炭水化物昔の食
概要
江戸時代の江戸の町では、精米した白い米を炊いたご飯が、ふつうの人の毎日の主食になっていきました。同じころ、農村では米に麦や雑穀をまぜて食べることが多く、「都市は米の飯、田舎は麦飯」という型があったとも説明されます。
この図鑑では、体をつくる元になる炭水化物・たんぱく質・脂肪を、いつ・どこで・何からとっていたかを見ていきます。江戸の町の人にとって、炭水化物のいちばんの元は白米でした。
歴史
米は「ものさし」でもあった
江戸時代、武士の給料は米で表されました。「一人扶持(いちにんぶち)」は、1人1日に米5合を標準として、1か月に1斗5升、1年で1石8斗(米5俵)を支給するものでした。5合は約0.9Lです。これは支給の基準で、だれもが毎日5合を食べていたという記録ではありません。
白米を売る店
百科事典は、江戸時代の中ごろから白米を食べる習慣が広まったと説明しています。江戸の町には、玄米を仕入れて白米にして売る「搗米屋(つきごめや)」がありました。1744年には18組、およそ2,100人の搗米屋が、臼5,500ほどを使って営業していたとされます。店を持たずに町を回って米をつく「大道搗(だいどうつき)」もいました。
江戸わずらい
白米を食べる習慣が広まるとともに、脚気(かっけ)が多く見られるようになりました。享保年間(1716〜1736年)には江戸で流行し、箱根の山を越えると治るとされたことから「江戸わずらい」とも呼ばれたと伝わります。明治時代には軍隊で大きな問題になりました。原因の研究が進み、1910年に鈴木梅太郎が取り出した物質は、のちにオリザニンと名づけられました。
よくある1食の風景
江戸の町の人は、炭水化物の多くをご飯からとっていました。たんぱく質の元として記録に出てくるのは、味噌汁の味噌や豆腐などの大豆の食べもの、そして魚です。
江戸時代の終わりごろ、喜田川守貞は『守貞謾稿』に、江戸と京坂(京都・大坂)の1日の食事の違いを書き留めています。江戸では朝に飯を炊いて味噌汁と食べ、昼は冷や飯に野菜か魚の一皿を添え、夕飯は茶漬けに香の物(漬けもの)を添えました。京坂では反対に昼に飯を炊き、朝と夕は冷や飯に茶と香の物を添えたといいます。
ここから見える江戸の朝の1食は、こうです。料理は、炊きたての白いご飯と味噌汁。1食の量を示す確かな数字は見つかっていませんが、先に見たとおり、武士の扶持は1日5合が基準でした。食べる場所は、長屋などの家の中です。だれと食べるかは暮らし方によりますが、商家に住みこむ奉公人は、一人ひとりが自分の「箱膳(はこぜん)」を前にして食べ、食後は器をふきんでぬぐって箱の中にしまいました。昼と夜は、朝に炊いたご飯を冷や飯として食べます。
おかずの魚や豆腐、あさりやしじみのむき身などは、天秤棒をかついで売り歩く「棒手振り(ぼてふり)」から買うこともできました。1659年に幕府が売り歩きの許可証を出したとき、江戸だけで約5,900人がいたとされます。
今の暮らしの中で
日本の米の1人あたりの年間消費量は、1962年度の118.3kgがいちばん多く、2023年度は概算で51.1kgでした(農林水産省「食料需給表」)。
江戸の夕飯の茶漬けは、今も身近な食べ方です。飯に湯や茶、だしをかける食べ方は古くからあり、江戸後期には江戸では夕食に、京阪では朝食に茶漬けが食べられていたとされます。1952年には即席の「お茶漬け海苔」が売り出されました。
東京都江東区の深川江戸資料館では、天保年間の深川の町並みが実物大で再現され、長屋や舂米屋の様子を見ることができます。
よくある誤解・豆知識
「江戸の人は1日5合食べた」とよくいわれます。 確かな数字として残っているのは、武士に支給する米の基準が1日5合だったことです。実際に食べた量は、人や暮らしによって違ったはずで、町の人の量を示す記録は確かめられていません。
炊く時間は東西で逆でした。 『守貞謾稿』によれば、江戸は朝、京坂は昼に飯を炊きました。
麦飯は都会でも食べられていました。 江戸後期の農村では米を節約するために麦飯が使われる一方、江戸などの都会では、とろろ汁やだしをかけて楽しむ食べ方もあったとされます。
「白米」という言葉は古くからあります。 762年の正倉院文書に、すでに「白米」の語が見えます。広まったのが江戸時代なのは、白米を毎日食べる習慣のほうです。
参考文献
- コトバンク「扶持米」(精選版 日本国語大辞典・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/扶持米
- コトバンク「搗米屋」(精選版 日本国語大辞典・改訂新版 世界大百科事典・世界大百科事典(旧版)) https://kotobank.jp/word/搗米屋
- コトバンク「脚気」(精選版 日本国語大辞典・改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/脚気
- コトバンク「麦飯」(日本大百科全書・世界大百科事典(旧版)) https://kotobank.jp/word/麦飯
- コトバンク「箱膳」(精選版 日本国語大辞典・世界大百科事典(旧版)ほか) https://kotobank.jp/word/箱膳
- コトバンク「白米」(精選版 日本国語大辞典ほか) https://kotobank.jp/word/白米
- 松下幸子(千葉大学名誉教授)監修・著「江戸食文化紀行 no.189 庶民の食事」歌舞伎座 https://www.kabuki-za.co.jp/syoku/2/no189.html
- 石川恵美・佐藤幸子・大久保洋子「飯に汁をかける食法の発展と展開」日本調理科学会大会研究発表要旨集 25、2013年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajscs/25/0/25_171/_article/-char/ja/
- nippon.com「庶民の手軽な商い棒手振:『守貞漫稿』(その5)」 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g01009/
- 農林水産省「食料・農業・農村政策審議会 資料」(米の1人当たり消費量の推移、食料需給表による) https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/250131/attach/pdf/250131-101.pdf
- 公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団「江東区深川江戸資料館」 https://www.kcf.or.jp/fukagawa/
最終更新:2026-10-17
このページは、世界の食の習わしを、歴史と文化として紹介するものです。健康や栄養、食事の取り方についての助言ではありません。食事の内容は、年齢や体の状態に合わせて、医師や管理栄養士に相談してください。