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2度の眠り近世ヨーロッパの夜中の目覚め

昔のヨーロッパでは、夜に「第1の眠り」をとったあと夜中に目を覚まし、しばらく起きて過ごしてから「第2の眠り」につく人が多かったとされます。歴史家イーカーチの研究と、チョーサーやセルバンテスの文章から、その夜の過ごし方を紹介します。

イギリスなど西ヨーロッパ中世〜産業革命のころまで眠る時間昔の習わし

概要

「2度の眠り」は、夜の眠りが二つに分かれていた眠り方です。日が暮れて床に入り、まず「第1の眠り(first sleep)」をとります。真夜中ごろに目を覚まし、しばらく起きて過ごしたあと、もう一度「第2の眠り(second sleep)」につきます。英語では「分割睡眠(segmented sleep)」とも呼ばれます。

この眠り方が、産業革命より前の西ヨーロッパではふつうだったと論じたのが、アメリカの歴史家A・ロジャー・イーカーチです。夜中に目覚めて過ごす時間は「the watch(見張り)」などと呼ばれました。

歴史

イーカーチは、2001年に学術誌『アメリカン・ヒストリカル・レビュー』に論文「失われた眠り」を発表し、イギリス諸島の産業革命以前の眠りを論じました。古代・中世・近世の文書から、2度の眠りにふれた記述を500以上集めたとされます。2005年には、昔の夜の暮らしをまとめた本『At Day’s Close』を出しています。

イーカーチより前の文学の中にも、「第1の眠り」という言葉は出てきます。14世紀末のイギリスで書かれたチョーサーの『カンタベリー物語』の「近習の話」では、王女カナケーが、夕方になってまもなく父のもとを下がって休み、「第1の眠りを眠って、それから目を覚ました」と書かれています。

スペインでは、1615年に出たセルバンテスの『ドン・キホーテ』後編の第68章に、この言葉が見えます。ドン・キホーテは「第1の眠り」は眠ったものの、「第2の眠り」には入りませんでした。一方、従者のサンチョには第2の眠りがなく、夜から朝まで一度に眠り通したと書かれています。

眠りの風景

近世のイギリスの村の夜を、イーカーチの描く姿から思い浮かべてみます。日が暮れると、家の人々は早めに床に入り、第1の眠りにつきます。

真夜中ごろ、目が覚めます。イーカーチによれば、人々はこの時間に、祈ったり、考えごとをしたりしました。見たばかりの夢をふり返ることもありました。学者や詩人の中には、静かなこの時間に書きものをする人もいたといいます。近所の家を訪ねたり、夫婦で過ごしたりする人もいて、ちょっとした盗みが行われることもあったとされます。そしてしばらくすると、人々はまた床に戻り、第2の眠りにつきました。

1644年にロンドンで出たフランシス・クオールズの『エンキリディオン』は、この夜中の時間を祈りと考えごとにあてることを説いています。

今の暮らしの中で

イーカーチは、明かりが広まり、夜おそくまで起きている暮らしが広がるとともに、この眠り方は記録から消えていったと考えています。歴史家クレイグ・コスロフスキーも、近世ヨーロッパの夜の変化を論じた本で、イーカーチの分析を支持しています。

1992年には、アメリカの研究者トーマス・ウェアが、7人の男性に、1日14時間を暗い中で過ごしてもらう実験を1か月行いました。やがて参加者は、約4時間眠り、2〜3時間起きて、また約4時間眠るという形で眠るようになったと報告されています。

2015年には、電気の明かりのない赤道近くの三つの社会で眠りを調べた研究が発表され、夜中に長く起きる形は見られなかったとされました。イーカーチは2016年、赤道近くの社会にも2度の眠りを示す歴史や民族誌の記録があるとして、この結論に疑問を示しています。

よくある誤解・豆知識

「8時間続けて眠る」形も、時代と土地のものです。 イーカーチの研究は、今ふつうとされる眠り方が、いつの時代にもふつうだったわけではないことを示そうとしています。

夜中の時間には名前がありました。 英語では「the watch」と呼ばれたと紹介されています。今の英語の「見張り」と同じ言葉です。

ドン・キホーテとサンチョの対比は、眠り方の違いでもあります。 思いわずらって第2の眠りに入れない主人と、朝まで眠り通す従者が、並べて描かれています。

参考文献

最終更新:2026-10-17

このページは、世界の眠りの習わしを、歴史と文化として紹介するものです。睡眠や健康についての助言ではありません。眠りのことで困ったときは医師に相談してください。赤ちゃんの寝かせ方は、自治体や小児科の案内に従ってください。