世界じょうしき図鑑

アステカ暦260日の暦で運命を読む

アステカの人々が使った260日の暦「トナルポワリ」。生まれた日の記号から運命を読み、名前を付けるのにも使われました。

発祥:メキシコ中央高原(アステカ)14〜16世紀ごろ生年月日で占う体験できる

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生まれた日の「日の名前」と「数」から、持ち味を読みます。

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伝統の暦の数え方(GMT相関)で計算します。「マヤ暦」として広まっている現代の数え方(ドリームスペル)とは結果が異なります。生年月日そのものは保存しません。

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概要

アステカ暦とは、14〜16世紀にメキシコ中央高原で栄えたアステカの人々の暦のことです。アステカの中心となった人々は、自分たちを「メシカ」と呼び、ナワトル語を話していました。首都テノチティトランは、今のメキシコシティの場所にありました。

アステカの人々は、260日の暦と365日の暦を組み合わせて使っていました。占いに使われたのは、260日の暦「トナルポワリ」です。トナルポワリは、ナワトル語で「日を数えること」を意味します。生まれた日の記号はその人の運命と結びつけられ、名前を付けるときや、大切なことを行う日を選ぶときに使われました。

由来と歴史

260日の暦は、アステカが生み出したものではありません。メキシコから中央アメリカにかけての文化圏「メソアメリカ」で、古くから共有されていました。オアハカのモンテ・アルバンでは紀元前から使われていたとされ、さらに古いオルメカ文化にさかのぼるという説もあります。マヤ暦のツォルキンも、同じ仕組みの暦です。

アステカの暦について知る手がかりは、主に二つあります。一つは、暦や神々を色あざやかに描いた「絵文書」です。『ボルジア絵文書』や『ボルボニクス絵文書』には、260日の暦が絵で示されています。

もう一つは、スペインによる征服のあとに書かれた記録です。16世紀の修道士ベルナルディーノ・デ・サアグンは、先住民の知識人の協力を得て、アステカの文化を詳しく書き残しました。『フィレンツェ絵文書』と呼ばれるこの記録には、日の記号ごとに、その日に生まれた人の運命が記されています。

暦の仕組み

20の日の記号と13の数

トナルポワリは、20の日の記号と1〜13の数を、同時に一つずつ進めて日を数えます。「1のワニ」の翌日は「2の風」、その次は「3の家」です。13と20の最小公倍数は260なので、同じ組み合わせは260日ごとにめぐってきます。

20の日の記号は次のとおりです。

番号ナワトル語意味
1シパクトリワニ(水の怪物)
2エエカトル風
3カリ家
4クエツパリントカゲ
5コアトル蛇
6ミキストリ死
7マサトル鹿
8トチトリウサギ
9アトル水
10イツクイントリ犬
11オソマトリ猿
12マリナリ草
13アカトル葦(あし)
14オセロトルジャガー
15クアウトリ鷲
16コスカクアウトリハゲワシ
17オリン動き
18テクパトル火打ち石(石のナイフ)
19キアウィトル雨
20ショチトル花

トレセナと守護神

260日は、13日ずつの20の区切りに分けられます。この13日のまとまりを、スペイン語で「トレセナ」と呼びます。トレセナはそれぞれ「1の○○」の日から始まり、その名前で呼ばれます。

それぞれのトレセナには守護神がいました。さらに、20の日の記号にも一つずつ守護神がいるとされます。たとえば、風の日は風の神ケツァルコアトル、鹿の日は雨の神トラロック、犬の日は死者の国の神ミクトランテクトリが守ります。ただし、どの神を当てるかは、絵文書によって違うところもあります。

365日の暦と52年の周期

アステカには、365日の暦「シウポワリ(年を数えること)」もありました。20日の月が18あり、それぞれの月に祭りが行われました。最後に「ネモンテミ」と呼ばれる5日間が加わります。ネモンテミは不吉な日とされ、人々は大きなことを避けて過ごしたと伝えられます。

二つの暦を組み合わせると、同じ組み合わせに戻るまで52年かかります。52年の終わりには、「新しい火の儀式」が行われました。すべての火を消し、山の上で新しい火をおこして、世界が続くことを祈ったのです。最後に行われたのは1507年で、スペイン人がやって来る十数年前のことでした。

占いとしての使われ方

暦を読んで吉凶を判断したのは、「トナルポウキ(日を数える人)」と呼ばれる専門家です。トナルポウキは、260日の暦を記した「トナラマトル(日の書)」を読み解きました。

子どもが生まれると、家族はトナルポウキに生まれた日を見てもらいました。生まれた日の記号と数は、その子の性格や運命を左右すると考えられたのです。また、生まれた日の名前を、そのまま名前として持つ習慣もありました。たとえば、トルテカの伝説の王ケツァルコアトルは、「セ・アカトル(1の葦)」の名でも知られます。

生まれた日が悪い日にあたっても、運命がすべて決まるわけではありませんでした。その日に付き添う神々が悪い面をやわらげる、という考え方も記録に残っています。結婚や種まき、旅立ちなど、大切なことを行う日を選ぶときにも、暦が使われました。

伝播・現代

スペインによる征服のあと、トナルポワリは異教の習わしとして禁じられ、表立っては使われなくなりました。それでも、260日の暦がすべて消えたわけではありません。オアハカのミへの人々のあいだでは、20世紀にもこの暦が使われていたことが知られています。

現代のメキシコでは、アステカの暦は国の歴史と誇りの象徴として親しまれています。暦の記号は、美術や工芸、観光みやげのデザインにもよく使われています。

よくある誤解

「太陽の石」はカレンダーとして使われていた?

「アステカ・カレンダー」として世界的に有名なのが、大きな円盤形の石彫「太陽の石」です。1790年にメキシコシティの中央広場で見つかり、今は国立人類学博物館に展示されています。直径は約3.6メートルあります。

この石には20の日の記号が刻まれているため、長いあいだ暦の道具だと考えられてきました。しかし現在では、日付を数えるための道具ではなかったとする見方が一般的です。神話の時代や太陽を表した記念碑と考えられています。中央の顔が太陽神トナティウなのか、大地の神トラルテクトリなのかについても、議論が続いています。

アステカ暦とマヤ暦は同じもの?

260日の暦や52年の周期など、基本の仕組みはよく似ています。しかし、日の名前や使っていた言語、細かな数え方は異なります。また、マヤが石碑に刻んだ「長期暦」のような長い日付の数え方は、アステカでは使われていませんでした。

このサイトでの体験

生年月日から、生まれた日の記号と数、その記号の守護神を出し、AIが持ち味を読み解きます。今日の運勢も占えます。

  • マヤ暦と同じ数え方(GMT相関)で計算します。この数え方では、テノチティトラン陥落の日(1521年8月13日、ユリウス暦)が、記録に残る「1の蛇(セ・コアトル)」になります。
  • 日の記号の守護神は、『ボルジア絵文書』などに描かれたものによります。

参考文献

最終更新:2026-10-08

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