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タオス・プエブロニューメキシコの先住民の村

米国ニューメキシコ州北部の、先住民タオス・プエブロの人々の村です。日干しれんがと土で作った何層もの家に、家族ごとの住まいが並びます。家の作りと、川の水やかまどを使う村の暮らし、訪ねるときの決まりを紹介します。

米国・ニューメキシコ州タオス1000〜1450年ごろに建てられたとされる〜いっしょに住む今も続いている

概要

タオス・プエブロは、米国ニューメキシコ州北部、サングレ・デ・クリスト山脈のふもとにある、先住民タオス・プエブロの人々の村です。日干しれんが(アドベ)と土で作った何層もの家が、村を流れる川をはさんで北と南に建っています。人々は、この村に1,000年以上暮らしてきたと伝えています。

村の言葉はティワ語で、英語とスペイン語も話されます。北の建物はティワ語で「Hlauuma(北の家)」、南の建物は「Hlaukwima(南の家)」と呼ばれ、まわりに建つ1〜2階の家は、のちの時代のものです。

村は1960年に米国の国定歴史建造物となり、1992年にユネスコの世界遺産に登録されました。今も人が暮らす先住民の村で、その両方に選ばれているのはここだけとされます。

歴史

村の人々は、900年ごろからタオスの谷で畑を耕してきたとしています。今の何層もの家は、1000〜1450年ごろに建てられたと見積もられています。米国の国立公園局は、もとの村は少し東にあり、1400年ごろに今の場所へ移ったと説明しています。

1540年、スペインのコロナド遠征隊のアルバラードがこの村を訪れ、家が5〜6層に積み重なっていると書き残しました。その後、この地方はスペインの支配を受け、1680年にはプエブロの人々による大きな反乱が起きています。1848年には、この地方は米国の領土になりました。

1906年には、人々が聖なる場所としてきた山の湖「ブルー・レイク」を含む土地が、国有林に組み入れられました。村は長く返還を求め続け、1970年に土地が戻されました。

住まいの風景

家の材料は、土と水とわらを混ぜて型に流すか、日に干してれんがにしたものです。壁の厚さは、下の方で約70cm、上の方で約35cmあります。屋根は、山の森から運んだ太い丸太(ビガ)を渡し、その上に細い木(ラティーリャ)を並べ、土などを何層も重ねて作ります。部屋の内側の壁は、白い土を薄く塗って明るく保ちます。

もとの家には、ふつうの戸口や窓がほとんどありませんでした。人々は長い木のはしごで屋根に上り、屋根にあけた四角い穴から部屋に出入りしていました。戸口は、スペイン人が来たあとに作られるようになったとされます。

村の伝統の決まりにより、昔からの村の中には電気も水道も引かれていません。飲み水や料理の水は、村の中を流れる川からくみます。パンは、家の外にある土のドーム形のかまど「オルノ」で焼きます。1度に30個ほどのパンが焼けるといいます。

それぞれの家は、一つの家族の持ちものです。家の手入れもその家族が引き受け、家はふつう親から子へ、多くは長男へ受け継がれます。外壁は毎年、家の持ち主か、決められた男たちの組が、泥とわらを混ぜた土で塗り直します。家々は横に並び、上にも積み重なって、一つの大きな建物のような村を形づくっています。

今の暮らしの中で

今、昔からの村の家にふだん住んでいるのは約75人です。多くの家族は、村のまわりの土地に建てた、電気や水道のある家で暮らしています。村の家は、祖先とのつながりの場として守られ、文化の行事にも使われています。

村の運営は、毎年任命される知事(ガバナー)と戦士長(ウォー・チーフ)が受け持ちます。知事は村を、戦士長は土地を守る役目です。任命するのは、知事や戦士長を務めた男性たちによる部族評議会です。

村は、訪問者を受け入れることを自分たちで選んでいます。村の中には家族が営む店があり、雲母(うんも)の粒が光る土器や銀の装身具、皮の太鼓などが売られています。村は「今も生きている共同体」として、訪問者に決まりを示しています。

  • 「立入制限」の表示がある場所に入らない
  • 店の表示のない家の戸口に入らない
  • 村の人を、許しなく撮影しない
  • 教会の中では撮影しない
  • 墓地に入らない
  • 村のただ一つの飲み水である川に入らない

仕事としての撮影や、絵やスケッチを描くには、前もって許可が要ります。昔からの村の外にある部族の土地には、訪問者は入れません。

よくある誤解・豆知識

「プエブロ」はスペイン語で「村」のことです。 16世紀にこの地方に来たスペイン人が、日干しれんがの家が集まる村に住む人々を、この言葉で呼びました。ニューメキシコ州とアリゾナ州には、言葉も暮らしも異なる約20のプエブロの人々がいます。タオスは、ニューメキシコ州の19のプエブロのうち、いちばん北にあります。

「タオス」は3つの集落の名前です。 タオスの町は、スペイン系の人々が多い町と、このプエブロの村、スペインの時代の教会が残る集落の3つから成るとされます。

壁がきらきら光るのは雲母のためです。 家に塗る土には雲母が含まれ、光を受けると光ります。村の説明では、やってきたスペイン人の中には、ここを伝説の「黄金の都」と思った人もいたといいます。

参考文献

最終更新:2026-10-18

このページは、世界の住まいの習わしを、歴史と文化として紹介するものです。建築や設備についての助言ではありません。今も人が暮らす家や集落を訪ねるときは、住む人の暮らしを妨げないよう、現地の案内に従ってください。